鯨肉の缶詰

父が食べたいと言っていた鯨肉の缶詰
まだ、
ほんの少しだけものが食べられた時父が呟いた

鯨肉の缶詰

探しても探しても見つからなかった
やっと見つけた時にはすでに
食べられなくなっていた
それでも父は
小さな小さな
爪の先ほどの肉を一時間を超えてまで食べてくれた

末期の胃がんの人と暮らしている人なら分かるだろうが、どんなに小さなものでも最期は食べられないのだ。
飲み込めないのだ。
父は、途中途中…箸の先にちょんとタレを付けて舌にのせ、飲み込めない鯨肉を食べてくれた。
苦しかったと思う。
そんな思いまでして食べるものではないと思ったと思う。
それでも一生懸命噛み続けてやっとのこと飲み込んだ時一言…

「あー旨かった。」

父は
愛情深い人だった
私とはすれ違ってしまったが、とても愛情深い人だった
分かち合えなかったが、優しい人だった

人の最期はその人間性が如実に出る
息が切れる最期の最期まで生きることを諦めない、父が見せてくれた人の最期